福岡地方裁判所 昭和33年(ヨ)68号 判決 1958年6月04日
申請人 許斐正澄
被申請人 株式会社夕刊フクニチ新聞社
主文
被申請人が昭和三十三年三月十五日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。
申請費用は、被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
申請人代理人は、主文と同旨の判決を求め、その申請の理由として、
一、被申請人は、福岡市今泉町一丁目三十四番地において、日刊紙「夕刊フクニチ」及び同「フクニチスポーツ」の発行並びに販売等を業とする株式会社(以下「被申請人会社」又は「会社」という)であり、申請人は、昭和二十一年八月一日被申請人会社に従業員として雇傭され、以来同社の編集局庶務課長、法務局庶務課長等を経て、昭和三十三年二月一日からは人事部勤務となつたものであるが、右人事部勤務となるまでは、被申請人会社の従業員で組織されている夕刊フクニチ新聞社労働組合(以下「組合」という)の組合員であつた。
ところが、被申請人会社は、昭和三十三年二月十二日申請人に対して退職を勧告し、申請人がこれを拒否するや、翌十三日附で申請人に対し、「三十三年三月十五日附をもつて解雇するにつき予告する。二月十四日以降出社するに及ばず。」という解雇予告の通知をなしたうえ、同年三月十五日附で人員整理のため解雇する旨の意思表示をなした。
二、しかしながら、右解雇は、次のような理由によつて無効である。
(一) 本件解雇は、労働協約と同等の効力を持つ「確認事項に関する覚書」に違反し無効である。
会社及び組合は、昭和三十二年十二月、労働協約の改訂をめぐり数次に亘つて団体交渉をなしたのであるが、その際組合側では、労働協約がユニオン・ショップ制よりオープン・ショップ制に改訂されることに伴い、会社の経営不振等による解雇が容易になされることを懸念したため、特に、同月十四日の団体交渉の席上、組合側代表者より労働協約改訂後の人事方針に関して、「社の経営不振など経済理由でも首切りをやらないということを理解していいか。」と質問したところ、会社側は、「正当な理由がない以外に首切りはやらない。正当な理由とは就業規則に違反した場合で経済上の理由では首切りはやらない。」と答えたのである。そして、この発言が契機となつて、翌十五日会社、組合間で「確認事項に関する覚書」が作成されたのであるが、その第一項には「本労働協約の施行に伴つて組合員を正当な理由なくして解雇しない。」、第三項には「この覚書は労働協約と同等の効力を持つ。」と明記されている。この覚書の「正当な理由」という文言が「就業規則に違反した場合」のみを指し、「会社の経営上の理由」を含まないことは、前記団体交渉の席上における会社側の発言内容に徴し明らかである。
それ故、会社は、労働協約と同等の効力を持つ右覚書によつて、経営上の理由によつては組合員たる従業員を解雇できないという拘束をうけることとなつたのである。
ところで、申請人は、本件解雇当時既に非組合員であつたとはいえ、このことは会社が申請人を昭和三十三年二月一日総務部庶務課より人事部に配置転換したため、人事部および経理部勤務の者は非組合員扱いされるという労働協約に基くものであるところ、申請人は、人事部勤務となつたものの人事部の仕事は与えられず、依然として総務部庶務課において、引続き、従来申請人が担当していた人事部とは関係のない増資手続の業務をなすよう命ぜられ、ようやく同月十日頃に至つて人事部に坐席を移されるや、数日を経ずして同月十二日退職の勧告をうけ、これを拒否するや翌十三日附で解雇予告の通知をうけて出社を停止され、同年三月十五日附で解雇されるに至り、この間、申請人には人事部としての仕事は遂に与えられなかつた。しかも、会社が人員整理を目的として最初に退職勧告をなしたのは昭和三十二年十一月末で、以来引続いて行われた退職勧告と本件解雇とは同一の整理基準を適用してなされた一連のつながりのある人事措置であるから、申請人に対する退職勧告も遅くとも昭和三十三年一月末頃までには計画されていたものというべく、従つて、申請人が人事部へ配置転換される時には申請人の退職勧告は予定されていたのである。
これらのことを考え合わせと、申請人に対する人事部への配置転換は、会社の業務上の必要からなされたものではなく、むしろ、申請人から右覚書による利益を奪ひ同人の解雇を容易ならしめるための手段であつたといわなければならず、このような動機でなされた人事部への配置転換は、人事権の濫用としてその効力を生じないものというべく、少くとも本件解雇に関する限り人事部に配置転換される以前と同様に、申請人は労働協約やこれと同等の効力を持つ前記覚書の適用うけるものといわなければならない。
従つて、会社の経営上の理由によつてなされた本件解雇は、労働協約と同等の効力を持つ「確認事項に関する覚書」に違反し無効である。
(二) 本件解雇は、就業規則に違反し無効である。
およそ、労働契約関係が消滅する場合としては、(1)使用者の一方的な意思表示による場合(いわゆる解雇)と、(2)使用者の一方的意思表示によらずに他の理由による場合の二つの場合があるが、両者は、法律的には全く別異の概念であつて何らの共通点もないのである。
ところで、被申請人会社においては、労働契約関係が消滅する場合をその就業規則第五十三条、第五十四条に定めているが、その第五十四条には、「従業員が左の各項の一に該当する場合には退職を命ずる。一、懲戒免職処分を受けたとき、二、試用社員又は臨時社員で勤務成績が従業員として不適格のとき」と規定し、会社が一方的意思表示によつて労働契約関係を消滅させうる場合、即ち解雇できる場合を定め、また、第五十三条には、「従業員が左の各項の一に該当する場合には退職とする。一、役員に就任したとき、二、本人が退職を願出て会社が承認したとき、三、停年に達したとき、四、休職期間が満了しても復職出来ないとき、五、都道府県知事又は市区町村長に当選したとき、六、死亡したとき、七、前各項のほか特別の事情があるとき」と規定し会社の一方的意思表示によらずに労働契約関係が消滅する場合(第一乃至第六号の規定が会社の一方的意思表示によらずに労働契約関係が消滅する場合を例示していることからみれば第七号の「特別の事情があるとき」というのも会社の一方的意思表示によらずに労働契約関係が消滅する場合の規定とみるべきである)を定めているが、右いずれの条項にも人員整理のための解雇ができる旨の規定はない。
而して、就業規則は、本来使用者が一方的に制定するものではあるが、一旦制定された以上、法的効力をもつて労使双方を規制するものであるから、会社は、右就業規制のもとでは人員整理のための解雇はできないといわなければならない。
それ故、会社が人員整理のため就業規則第五十三条第七号を適用してなした本件解雇は、就業規則に違反するものとして無効である。
(三) 仮に、被申請人会社が整理基準を決定していたとしても、申請人はその基準に該当しないから、本件解雇は客観的妥当性を欠き無効である。
(四) 本件解雇は、不当労働行為として無効である。
申請人は、昭和二十一年八月一日会社に雇傭されて以来、組合の執行委員長、副委員長、統制部長、財政部長、その他の役員を歴任して活溌な組合運動に従事するとともに、組合の発展に尽力し、特に、昭和三十二年十二月の労働協約改訂闘争の際には組合員の最先頭にたつて会社の意図した労働条件改悪方針に反対し、組合を労働条件確保の闘争に立ち上らせるように努力したのである。ところが、申請人のこのような活溌な組合運動が会社の嫌忌するところとなり、遂に申請人は、昭和三十三年二月一日人事勤務に配置転換されて非組合員とされ、更に数日を経ずして解雇予告の通知をうけたうえ解雇されるに至つた。
以上のような申請人の組合活動経歴や本件解雇に至るまでの経緯等を考え合わせると、本件解雇は人員整理に藉口した組合対策とみるほかなく、本件解雇の決定的な原因は、申請人が病弱で欠勤が多かつたとか、低能率であつたなどということではなく、申請人の正当な組合活動そのものにあつたといわなければならない。
従つて、本件解雇は、労働組合法第七条第一号の禁止する不当労働行為として無効である。
(五) 本件解雇は、信義則に違反し且つ解雇権の濫用である。
被申請人会社が申請人には何ら解雇されるべき事由に該当する事実がないのにかかわらず申請人の解雇を容易ならしめるために申請人を人事部勤務に配置転換して非組合員とし、申請人に労働協約が適用されないようにしたうえで解雇予告をなし、更に本件解雇をなしたのは、著しく信義誠実の原則に反し、本件解雇は解雇権の濫用といわなければならない。
また、仮に前記「確認事項に関する覚書」は申請人に対し適用がないとしても、被申請人会社は右覚書の趣旨及び覚書作成の前日における団体交渉の経過を尊重して人事権の行使をなすべきである。それ故、これを無視してなされたる本件解雇は信義誠実の原則に違反し解雇権の濫用といわなければならない。
三、仮処分の必要性
前述のように、本件解雇の意思表示は無効であるから、申請人は被申請人会社を被告として、その無効確認等の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、その判決を待つていては、申請人及びその扶養家族(妻と子供二名)の生活は直接危険にさらされ、申請人にとつて回復することのできない損害を蒙るおそれがある。
よつて、本案判決確定に至るまで本件解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分を求める。
と述べ、被申請人の答弁二の(二)の主張に対し、
(1)の会社の経営状態に関する主張事実のうち、昭和三十二年十一月会社の代表取締役浦忠倫がその地位を退いたこと及び同年十二月従業員のベースダウンが実施されたことは認めるが、会社の経営状態が悪化して赤字が一億五千万円あり人員整理を必要とする状態であつたとの点を否認する。その余の事実は不知。
(2)の従業員の人員整理に関する主張事実のうち、会社がその主張のような整理基準を決定したこと及び従業員のうち三十三名の希望退職者があつたことは不知。
(3)の申請人に対する本件解雇に関する主張事実のうち、申請人が昭和三十三年二月十二日会社より退職の勧告をうけたこと、当時申請人が組合員でなかつたこと、申請人が在職十一年八ケ月のうち胸部疾患により過去三回休職し、計一年九ケ月二日を欠勤したこと及びそのため約五ケ年間出社していないことは認めるが、申請人の出勤簿と辞令簿とが食違つて休職あけ出社日が不明であるとの点は不知、その余の事実を否認する。
と述べた。(疎明省略)
被申請人代理人は、「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、申請の理由一の事実を認める。
二、申請の理由二の各主張はいずれも争う。
(一) 申請人は、本件解雇予告及び解雇当時は、組合員でなかつたから、同人に対し労働協約の適用は勿論、これと同等の効力を持つ「確認事項に関する覚書」の適用もなく、単に就業規則の適用があるのみであつた。
そして、就業規則第五十三条は、その第一乃至第六号において会社の都合解雇の事例を例示したうえ、第七号において「前各項のほか特別の事情があるとき」は退職とする旨を規定している。即ち、第五十三条は、会社の都合解雇に関する規定として、第一乃至第六号に掲げる場合のほか特別の事由があるときは第七号によつて解雇をなしうべきことを規定しているのであつて、第五十四条の懲戒解雇及びこれに類する場合の規定と書き分けられているのである。それ故、解雇は、第五十四条の場合のみならず第五十三条第七号によつてもなしうるのであるが、同号にいう「特別の事情」には、「身体の故障により業務に堪えられないと認めたとき」等がその一事例として含まれるとともに、「企業整備等のため人員整理をしなければならない場合」も会社の都合による解雇としてこれに該当するのである。
従つて、会社に人員整理の必要が認められるならば、当然就業規則第五十三条第七号によつて解雇できるのである。
(二) ところで、会社が申請人を解雇するに至つた経緯は次のとおりである。
(1) 会社は、昭和三十二年の金融引締め政策以来経営状態が悪化し、同年十一月当時の代表取締役浦忠倫がその地位を退くなど役員の更迭がなされ、新たな役員構成で経営建直しに当つたが、赤字約一億五千万円を抱えていたのでこれが克服のため、同年十二月、当時の全従業員四百八十名の人件費の総額を八百五十万円に抑えるべくベースダウン平均三割を実施したほか種々の経費削減に努めたのであつたが、正常の経営状態に立ち直らなかつたので、同年末は組合の要求にも拘らず越年資金の支給も実現できず、また、昭和三十三年一月度の決算でも、なお人件費総額を八百五十万円以内に抑えることができず、遂に五百四十万円の赤字を出すに至つた。
(2) そこで、このような経営状態を打開するため、役員会は、昭和三十二年末内定していた最小限度の人員整理を実施するも止むをえないとして、大要、(イ)病弱者(身体虚弱者)、(ロ)出勤成績の不良の者、(ハ)技能低位者、(ニ)職務怠慢の者、(ホ)社規紊乱の者、(ヘ)配置転換困難の者、(ト)多数の人と協調して仕事をするに不適の者、(チ)経営の効率に寄与する程度の少い者、(リ)合理化により贅員となる者、(ヌ)会社の社会的信用を保持するうえにおいて適当でない者、という整理基準を決定した。しかし、この整理による従業員の動揺を憂慮し、一応労働協約第十条第一号の希望退職の方法をとることとして、各職場毎に職場長を通じ整理基準該当者を各人別に希望退職の勧告をなしたところ、三十三名の退職者を出した。
(3) ところで、申請人も次のように右整理基準に該当するので、昭和三十三年二月十二日右の方法によつて希望退職を勧告したのであるが、申請人がこれを拒否したため、就業規則第五十三条第七号を適用して同月十三日附で解雇予告の通知をなし、同年三月十五日附で本件解雇をなすに至つたのである。
申請人が整理基準に該当する具体的事実は次とおりである。
(イ) 勤務状態不良
在籍十一年八ケ月のうち胸部疾患により過去三回休職した。特に昭和三十二年一月五日から同年六月一日までの休職期間については出勤簿と辞令簿とが食違い、休職あけ出社日が不明である。
(ロ) 病弱
在籍中休職三回計一年九ケ月二日を欠勤した。そして、会社の旧就業規則によれば、休職発令は過去一ケ年以上の欠勤者に対してなされることになつていたから、申請人は約五ケ年間出社していないことになる。
(ハ) 低能率
在籍中の大半は総務系統の作業に従事しながら、簡単な統計作業の計算を間違える程の能力であつたため、編集局庶務課長当時は部下より劣る能力と判定されていた。
(ニ) 煽動癖
他人と協調して業務を推進するよりむしろ他人を煽動する傾向があつた。
(ホ) 役職利用
病気のため欠勤し自宅で静養中、会社の車輛課員に社用車を利用せしめて自宅に招致、長時間懇談し、また勤務中申請人服用の薬剤の買入れのために車輛課員及び社用車を使用した。
(三) 以上のように、本件解雇は、会社再建のための整理解雇であつて、会社は、申請人が、整理基準に該当するため、就業規則第五十三条第七号により解雇したのである。それ故、本件解雇は何らの違法もなく正当になされたものである。勿論、人員整理の目的のためにのみなされたもので、申請人の組合活動を理由とするものでないから、不当労働行為でもなく、また信義則に違反し解雇権の濫用ということもできないのである。
三、申請の理由三の主張を争う。
と述べた。(疎明省略)
理由
一、被申請人会社が福岡市今泉町一丁目三十四番地において、日刊紙「夕刊フクニチ」及び同「フクニチスポーツ」の発行並びに販売等を業としている株式会社であること、申請人が、昭和二十一年八月一日被申請人会社に従業員として雇傭され、以来同社の編集局庶務課長、法務局庶務課長等を経て昭和三十三年二月一日からは人事部勤務となり、右人事部勤務となるまでは会社の従業員で組織する夕刊フクニチ新聞社労働組合の組合員であつたが、人事部勤務となると同時に労働協約により非組合員となつたこと、並びに会社は、同月十二日申請人に対して退職の勧告をなし、申請人がこれを拒否するや、翌十三日附で申請人に対し解雇予告の通知をなしたうえ、同年三月十五日附で人員整理のため解雇する旨の意思表示をなしたことについては当事者間に争がない。
二、ところで、申請人は、右解雇は無効なものであると主張するので以下検討する。
(一) まず、申請人は、「本件解雇は労働協約と同等の効力を持つ『確認事項に関する覚書』に違反し無効である。」と主張するので判断する。
(1) 昭和三十二年十一月、当時被申請人会社の代表取締役であつた浦忠倫がその地位を退いたこと及び同年十二月全従業員のベースダウン平均三割が実施されたことは当事者間に争がなく、この事実に加えて、成立に争のない甲第五乃至第七号証、乙第七号証の二、証人秋本善次郎の証言によつて真正に成立したと認められる乙第十四号証、証人高安昌作の証言によつて真正に成立したと認められる乙第十八号証に、証人大島豊、同玉名俊彦、同秋本善次郎及び同高安昌作の各証言並びに申請人本人尋問の結果を総合すれば、申請人主張の覚書が作成された経緯につき、次の事実が認められる。
即ち、被申請人会社は、前記のように日刊紙「夕刊フクニチ」及び同「フクニチスポーツ」の発行販売等を目的とし、昭和二十一年四月八日創刊されたが、未だ経営の基盤も十分築き上らないうち、昭和二十四、五年頃からは他紙が朝刊のみならず夕刊をも併せ発行するようになつて新聞販売競争が激化し、更には新聞共同販売制度の解体に伴い独自の専売店を創設して新聞販売競争に従事せざるをえなくなつたために、営業費はコストの上昇をきたし、漸次会社の経営状態は悪化の一路をたどり、昭和三十年五月代表取締役に就任した浦忠倫の努力も及ばず、会社の損失金は累増するのみで遂に一億五千万円となり、負債もまた二億五千万円に上り、その償還も停滞したため金融機関よりの借入れもままならず、昭和三十二年下期よりは従業員に対する給料も遅配欠配のやむなきに至つた。そこで会社は金融機関より融資をえて経営の挽回をはかるべく、同年十一月二十七日代表取締役にもと福岡銀行頭取高橋重威を迎へるとともに他の役員をも更迭し、かくて新たに発足するにあたり会社再建の方策を種々検討の末、金融機関がユニオン・シヨップ制の会社に融資することに難色を示すむきがあつたことより、(1)労働協約をユニオン・シヨップ制よりオープン・ショップ制に改訂すること及び(2)会社全従業員の人件費の総額を八百五十万円以内に抑えるためベースダウン平均三割の実施を決定し、組合と交渉を開始するに至つた。而して右交渉は、同年十二月に数次に亘つて行われたのであるが、組合側が、会社の苦境を認め労働協約の改訂及びベースダウンの実施に応ずる意向に傾いたものの、なお労働協約がユニオン・シヨップ制よりオープン・シヨップ制に改訂されることによつて組合の組織ひいて会社に対する発言力が弱まることとなるため、改訂後会社の経営不振等を理由とする解雇がなされるのではないかとの懸念をもち、同月十四日の団体交渉の席上、会社側に対し、「労協改訂に対して会社側の最終回答がなされたが、新労協の施行によつて会社側は首切りを行うことはないか。」と質問したところ、会社側は、「首切りをやることはない。」と確答し、更に組合側の「社の経営不振など経済理由でも首切りをやらないということを理解していいのか。」との質問に対し、「正当な理由がない以外に首切りはやらない。正当な理由とは就業規則に違反した場合で、経営上の理由では首切りはやらない。」と答え、引続いて組合の「会社側の発言を労協の確認事項としたいがどうか。」との申入に対し、会社側は「覚書をつくる。原則として組合員の解雇は行わない。就業規則に違反した場合を除く、の案文ではどうだろうか。」と答え、最後に組合側が「就業規則を拡大解釈されることもあるので『本労協の施行に伴い正当な理由のない解雇は行わない』としてもらいたい。」と申し述べたのに対し、会社側は「組合案通りとする。」と述べて組合側の申出を了承した。そこで組合側は、労働協約改訂についての前記懸念も解消したので、労働協約改訂及びベースダウンの実施に応ずることとなり、翌十五日、会社側と協議の末、労働協約を改訂するとともに前記団体交渉の席上の発言に基いて「確認事項に関する覚書」(甲第五号証)を会社組合側の各代表者が署名押印のうえ作成し、また、当時の会社従業員四百八十名の人件費の総枠を八百五十万円とすべくベースダウン平均三割を実施することを承認するとともに「給与規定改正に関する件の協定書」(甲第七号証)を作成した。そして、右「確認事項に関する覚書」には、その第一項に「本労働協約の施行に伴つて組合員を正当な理由なくして解雇しない。」、第三項に「この覚書は労働協約と同等の効力を持つ。」と明記された。しかも、前記団体交渉及び覚書作成当時においては、会社側は、従業員四百八十名のベースダウン平均三割を実施することによつて、当然人件費の総額を八百五十万円の枠内に抑えることができると確信し、従業員を解雇しなければ右の枠内に抑えることができないとは毛頭考えていなかつた等の事実が認められ、被申請人援用の全立証を以てするも、前記団体交渉の席上あるいは右覚書の作成に際しても、会社側より「会社の人件費の総額を八百五十万円の枠内に抑えることができた場合にのみ、会社の経営上の理由によつては解雇しない」という趣旨の発言があつたことを認め得べき疎明なく、其の他以上の認定を左右するに足りる疎明はない。
以上の認定事実によると、右覚書第一項にいわゆる「正当な理由」とは組合員が就業規則に違反した場合を意味し、会社の経理上の理由は含まない趣旨であることが明らかである。されば被申請人会社は、組合と、労働協約と同等の効力を持つ「確認事項に関する覚書」記載のような協定を締結したことにより、以後たとえ人件費が右の枠を越えたとしても、任意的な退職を求めるのは格別単に会社の人件費の総額が八百五十万円の枠を越えたという理由のみによつては組合員たる従業員を解雇できないという拘束をうけるに至つたものといわなければならない。
(2) ところで、前記のように申請人は、本件解雇当時既に非組合員であり、組合員でなくなつたのは、前記のように、昭和三十三年二月一日総務部庶務課より人事部に配置転換されたためであるところ、証人秋本善次郎及び同神吉定敏(後記措信しない部分を除く)の各証言並びに申請人本人尋問の結果を総合すると、申請人は、人事部勤務となつたものの人事部としての仕事は与えられず、依然総務部庶務課において、引続き従来申請人が同課において担当していた人事部とは全く関係のない増資手続の業務をなすよう命ぜられ、その後申請人の要求によつて、ようやく同月十日頃人事部に座席のみは移されたが、同月十二日には退職の勧告をうけ、申請人がこれを拒否するや、翌十三日附で解雇予告の通知をうけたうえ同年三月十五日附で解雇されるに至り、しかもこの間申請人には、人事部としての仕事らしい仕事は何一つ与えられなかつた。一方会社が人員整理を目的として従業員に対し希望退職を勧告すべきことを決定したのは昭和三十三年一月の中旬から下旬にかけてであることからすると、申請人が人事部へ配置転換された同年二月一日当時には、申請人に対する退職勧告も内定していたと目されること等の事実が認められ、右認定に反する証人神吉定敏の証言部分は措信し難く、他にこれを覆すに足りる疎明はなく、他面会社が申請人を総務部庶務課より人事部へ配置転換しなければならなかつたことを首肯させる事情を認めるに足る疎明はない。
これらの諸事情を考え合わせると、申請人に対する人事部への配置転換は、会社の業務上の必要からなされたものとは認め難く、むしろ、申請人を非組合員化することによつて労働協約乃至これと同等の効力を持つ前記覚書の適用を排除し、申請人の解雇を容易ならしめるためになされたものであると認むべきである。
しかして、右のように会社が従業員を解雇するにあたり、その解雇を容易ならしめるため、非組合員化することを目的としてなされた組合員の人事部への配置転換は、たとえ従業員の配置転換が本来会社の人事権の行使として自由になしうる性質のものであるとしても、人事権の濫用として当該従業員が従前有していた組合員としての身分を有しないものであるとの主張をなし得ないものというべく、当該従業員の解雇の効力を論ずるに当つては、同人はなお従前どおり組合員たる身分を保有するものとして取扱うのが相当である。
それ故、申請人は、本件解雇当時なお、組合員たる身分を有していたものとして、労働協約及びこれと同等の効力を持つ「確認事項に関する覚書」の適用をうけるものといわなければならない。
従つて、会社は、経営上の理由によつて申請人を解雇することはできないものというべきであるから、会社の経営上の理由によつてなされた本件解雇は、爾余の点について判断を加えるまでもなく、労働協約と同等の効力を持つ「確認事項に関する覚書」に違反し無効であるといわなければならない。
三、そこで本件仮処分の必要性について考えてみるに、現在の社会事情において労働によつてのみ生計を維持している労働者が解雇によつてその職を失つたものとして取扱われることは、著しい損害を蒙るものといわなければならないから、この損害を避けるため、本案判決確定に至るまで、本件解雇の意思表示の効力を停止する必要があるというべきである。
よつて、申請人の本件仮処分の申請は理由があるからこれを認容し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大江健次郎 美山和義 竪山真一)